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大阪地方裁判所 昭和33年(行)2号 判決

原告

三谷秀治ほか二名

右原告等訴訟人代理人

東中光雄

石川元也

右復代理人

小牧英夫

宇賀神直

被告

大阪府知事

左藤義詮

右訴訟代理人

吉川大二郎

伊藤秀一

中村喜一

主文

被告が大阪府会議員退職記念品料として、昭和三〇年四月三〇日並びに昭和三一年八月八日に、訴外梅本敬一小西重太郎、実野作雄、中井隆三、江村至身、野出相三に対しそれぞれ別表支出金額欄記載の金額を支出した処分中、各別表超過支出額欄記載の部分はいずれも取消す。訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告代理人は、請求の趣旨として、

「被告が大阪府議会議員退職記念品料として、昭和三〇年五月付で

訴外梅本敬一に対し、金一、六〇二、一〇〇円

同 小西重太郎に対し、金一、五〇九、六〇〇円

同 実野作雄に対し、金一、六三五、四〇〇円

同 中井隆三に対し、金一、三八三、八〇〇円

同 江村至身に対し、金一、五〇九、六〇〇円

同 野出相三に対し、金七二一、五〇〇円

を各支出した処分中、

訴外梅本敬一に対する金一、〇〇六、四〇〇円

同 小西重太郎に対する金一、〇〇六、四〇〇円

同 実野作雄に対する金一、一三二、二〇〇円

同 中井隆三に対する金八八〇、六〇〇円

同 江村至身に対する金一、〇〇六、四〇〇円

同野出相三に対する金一二五、八〇〇円

の各支出処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。」

との申立をなし、請求原因として、

一、被告大阪府知事は、昭和三〇年五月付で同年四月任期終了により大阪府会議員を退職した各議員に対し、退職記念品料名下に議員報酬月額の三・七ケ月分に在職年数四年を乗じた額の金額を支給する旨の支出命令を出して、同額の金員を支出(以下単に支出という)したが、その際

訴外梅本敬一に対し金一、六〇二、一〇〇円

同 小西重太郎に対し金一、五〇九、六〇〇円

同 実野作雄に対し金一、六三五、四〇〇円

同 中井隆三に対し金一、三八三、八〇〇円

同 江村至身に対し金一、五〇九、六〇〇円

同 野出相三に対し金七二一、五〇〇円

を各支出した。

二、しかして右訴外梅本敬一他五人に対する右支出は違法である。

(1)  右大阪府議会議員(以下府会議員と略称)に対する退職記念品料の支給なるものは、大阪府知事が退職府会議員に対し、その在職中の功労に報いるものとして支給するもので、その支給の基準を定める運営内規として大阪府議会運営委員会議決により制定された「大阪府会議員退職記念品料贈与規程」(昭和二三年三月三一日制定、同二五年五月二六日、同三〇年四月一七日各一部改正。以下単に贈与規程と略称)に従い支給されているものである。

(2)  しかして右贈与規程第一条第二項によるとその支給額は議員報酬月額の三・七ケ月分に全在職年数を乗じた額を基準として定める」とされており、前記一の昭和三〇年五月の支給もこれに従い行なわれたものである。

(3)  しかして、その在職年数の計算に当り、前記訴外人らを除くその余の各議員に対してはその任期四年を以てしたが、前記訴外人らに対しては遠く戦前にまで遡及してその在職年数を通算し以て前記一記載の各金額を算定支給したものである。

(4)  しかし、右贈与規程の「全在職年数」とは議員としての一任期在職中の全期間と解すべきもので、前任期以前の在職期間を通算すべきではない。府会議員の任期は四年と定められており、任期終了毎に退職するものであつて、戦前における在職年数を現在の任期に通算すべき何らの根拠なく、また、退職記念品料の実質的性格が在職中の労に報いるものであるならば戦前戦後を問わず全在職者に支給すべきものでたまたま昭和三〇年四月に議席を有した者にのみ遡及支給するという根拠はない。

(5)  右贈与規定の如き内規的性格を有する規定の解釈に当つては制定機関の意思が尊重さるべきであるところ、昭和三一年九月大阪府議会運営委員会において右規程中の「全在職年数」の解釈について地方自治法施行以前の在職期間を遡及通算すべきでないと決議されその解釈は統一されているのである。

(6)  本件退職記念品料の支給にあつては知事はその支給のための支出命令権を有するものであるが、知事はその支出に当つては憲法はじめ財政諸法の諸原則(地方財政法第四条第一項)により自ら制約を受けるべき性質のものである。前記本件における贈与規定の解釈適用に当り何ら合理的な根拠なく、その在職年数の計算上当該任期以前の在職期間を加えたことは右の原則に反して許されないことであり、少くとも地方自治法施行以前の在職年数を加算支給するための支出は前記の様に贈与規定の制定者の意思にも反するところで明らかに違法乃至著しく不当な支出である。

三、よつて、前記訴外人らに対する支出のうち地方自治法施行前の在職年数に対する支出分である

訴外梅本敬一に対する金一、〇〇六、四〇〇円

同 小西重太郎に対する金一、〇〇六、四〇〇円

同 実野作雄に対する金一、一三二、二〇〇円

同 中井隆三に対する金八八〇、六〇〇円

同 江村至身に対する金二、〇〇六、四〇〇円

同 野出相三に対する金一二五、八〇〇円

の各支出はいずれも地方自治法第二四三条の二(昭和三八年六月八日法律第九九号による改正前の規定、以下単に法何条と記載する場合これに同じ)第四項にいう違法な支出であり、仮りにそうでないとしても前記著しく不当な支出である点において同項にいう権限を超える行為である。

四、よつて原告等はいずれも大阪府の住民として右不当支出につき法第二四三条の二第一項により昭和三二年一二月一三日大阪府監査委員に監査の請求をしたが同年同月二八日、同委員より不当支出と認められない旨の通知を受けたので同条第四項に基き本訴に及ぶ

と述べ<証拠―省略>

被告訴訟代理人は

本案前の申立として「原告等の訴を却下する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、その理由として、

一、本件退職記念品料の支出は大阪府会議員の退職に際しその在職中の労を多として、知事がその自由裁量によつて行なう行為であつて法律、条例に基いてなされるものではない。贈与規程は本来知事の自由裁量権に属する事項につき府議会が一応の基準を示した内規的性質を帯びるものでこれあることによつて右自由裁量行為たるの性格を変ずるものではない。一方法第二四三条の二第四項の規定に基く納税者訴訟にあつては(当該職員の違法又は権限を超える当該行為の制限若しくは禁止……に関する裁判を求めることができる」のみであつて、右の様な被告の自由裁量権の範囲内の行為についてその当、不当の判断を求めることはできないものである。

二、このことは、右法第二四三条の二第四項の文理解釈のみによらずとも、汎くわが国行政訴訟の法理からみても、行政権の合理的な活動についてはそれが法によつて許容されている範囲内に止まる限り行政庁の自由裁量行為は司法権がその当否を審判し得ないものと考えられるところであるから、自由裁量行為の当、不当はそれ自体法律上の訴訟に該当せず訴訟要件を欠くものとして却下せらるべきである。

と述べ、本案の答弁として「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、請求原因に対する答弁並に主張として

一、請求原因一、同二の(1)ないし(3)及び四の事実はいずれも認めるが、同二の(5)の事実は否認し、その余の主張はすべて争う。

二、原告らは被告の本件支出を行政処分であるとみなして本訴請求に及んでいるが、本件支出は民法上の贈与であり、行政庁の高権的、一方的行為としての行政行為たる性質を有しないことは明らかである。ところで行政庁のなす私法行為がいわゆる納税者訴訟の対象となる場合、いかなる基準でこれが取消を求めることができるかについては問題があるが、法第二四三条の二の立法趣旨が地方公共団体の住民が単に住民であるという地位において特に訴を提起しうることを認めた手続的規定であつてみれば、当該行為が私法の実体規定によつて取り消されない場合であつても、なおこれを取り消し得る形成権(許害行為取消権のような)を住民に賦与することを規定した創造的実体的規定であるとは到底考えられない。故に行政庁のなした私法行為が取消しの対象となる場合は、本来地方公共団体の住民が私法上の行為の当事者に代つて当該行為の取消を請求し得るに過ぎないから、当該行為の当事者が私法上の取消権を実体上有する場合にのみ裁判上その行為の取消を請求し得るにすぎない。これを本件支出についていえば、被告のなした支出につき原告らがその取消を主張する何らの実体上の瑕疵が存在しないのであるから、原告の請求は理由がないといわざるを得ない。

三、被告のした本件贈与規定の解釈適用は何ら不当なものではない。

(1)  贈与規定第一条第二項にいう「全在職年数」は実在職期間をすべて通算すべきものである。このことは贈与規程の沿革からも明かである。即ち、本規程はその制定当時(昭和二三年三月一三日)第一条二項に「前項の規定により贈呈する記念品若しくは記念品料は議員報酬月額に在職年数を乗じた額を基準として定める」とあり、第三条に「この規定は議決の日(前記昭和二三年三月一三日)より施行する。」とあり乍ら、第四条に「第一条第二項の在職年数は前条の規定にかかわらず当初の就職の年に遡ることができる」と規定していたものを、昭和二五年の改正により第四条を削除するとともに第一条第二項の「在職年数」を「全在職年数」と改めたものであつて、この改正の経緯からみれば在職期間の計算は当初の就職の年に遡つて行なうものとするたて前を受継したことは明らかであつて、こう解しなければ右改正後の第五条第二項(現行附則第二項)「第一条の規定によつて記念品若しくは記念品料に相当する金額の支給を受けた期間はその者の在職期間から控除する」という規定は全く無意味となる。よつて、贈与規定第一条第二項の全在職年数の意味は戦前戦後、地方自治法施行の前後を問わず、また途中中断の場合においては中断期間を除く前後の期間を合わせ、実在職期間をすべて通算する趣旨であつてこの点に関する原告らの主張は失当であり、この解釈による被告の支出に何ら不当はない。

(2)  原告らは大阪府会議運営委員会において「全在職年数」の解釈につき地方自治法施行以前の在職期間を遡及通算すべきでないと決議されその解釈が統一され、これが制定者の意思であると主張する(請求原因二の(5))が、その主張する運営委員会の決議は決定的なものでなく、現にその決議の後、昭和三二年五月一一日の府議会の退職金問題処理委員会においては訴外人らがこれを一応受け取ることを了承し、更に同年一二月一二日開かれた同委員会は右五月一一日の決定を再確認しているもので、原告ら主張の解釈が統一的見解でないばかりか従来昭和二六年四月及び昭和三〇年四月にも本贈与規程に基き全在職期間を通算して記念品料の支出をなし来つたところ前記解釈に何ら疑義の生じなかつたものである。

と述べ、<証拠省略>

理由

被告大阪府知事が、昭和三〇年四月に任期終了により大阪府議会議員を退職した各議員に対し退職記念品料名下に各議員につき報酬月額の三・七ケ月分に在職年数を乗じた額の金員を支給すべき旨の支出命令を出してこれを支給し、その際、訴外梅本敬一ら原告主張の六名については、右在職年数を右昭和三〇年四月に満了した任期の四年の他、同人らが昭和二二年以前にも大阪府議会議員として在職していた年数を加えてその在職年数として計算し、これにより算出した請求原因第一項記載の金額を支給したこと、大防府会議員退職記念品料贈与規程(大防府議会運営委員議決による)の存すること原告らが大阪府の住民であつて右知事のした支出のうち、右訴外梅本敬一ら六名に対する昭和二二年以前の在任期間に対応する請求原因第三項記載の部分は公金の違法又は不当な支出であるとして法第二四三条の二第一項により昭和三二年一月一二日大阪府監査委員に監査の請求をしたが同年四月二八日、同委員より不当支出と認められないとの通知を受け、本訴を提起するに至つたことは当事者間に争いがない。

(被告の本案前の抗弁について。)

被告に本件支出(本件は地方自治法第二〇四条の二の制定昭和三一年九月一日施行前である)は知事の自由裁量行為であるから裁判権の対象となる事項ではないと主張する。成立に争のない甲第一号証の一乃至三に証人久光喜多男、同梅本敬一、同藤井貞夫、同佐々木喜久次の証言を綜合すると、本件府議会議員の退職記念品料の支給は、何ら法律又は条例に基くものではなく、知事が退職議員の労をねぎらうため、予算の議会費の報償費又は退職料等の費目の範囲内において、恩恵的に支給する裁量行為であると認められ他にこれに反する証拠はない。しかし、右支給が予算の範囲内の裁量行為であるということは、その範囲内の支給について何ら具体的な法律、条例に根拠をおかなくてよいということを意味するに止り、地方公共団体の長として、公金の支出をするに当つては、常に地方公共団体の存立目的に反してはならないし、社会観念上著しく妥当を欠いたり、公平を失してはならないのは勿論、その支出も必要最少限度を超えることの許されない(地方財政法四条一項)のはこれまた当然であるから、右裁量権の行使にも自ら遵守すべき限界は存するものというべく、これを超えて著しく不当な支出をすることは法二四三条の二第一項の公金の違法又は不当な支出に該るものというべく、従つてこれが同四項の違法又は権限を超える行為に該当するときはなお裁判権の対象となり得べきものと考える。行政事件訴訟法(昭和三七年一〇月一日施行)第三〇条の規定は、明らかにこの様な場合、これが裁判権の対象となり得ることを規定したものであり、且つこれは確認的規定と解せられるのである。同法施行前においてもかかる場合は旧行政事件訴訟特例法第一条にいう行政庁の違法な処分の取消を求める訴の対象となり得るものというべく、これを法二四三条の二第四項の訴について別異に解すべき理由はない。証人梅本敬一、同藤井貞夫の証言中これに反する部分は採用できない。而して原告の主張は、本件支出中、本訴で取消を求める部分は、右の様な意味において著しい裁量権の逸脱があり、違法乃至権限を超える行為に該るという主張と解せられ、自由裁量権の範囲内での当、不当の判断を求めているものではないのであるから、この点の被告の主張は失当である。

(本案について。)

一、私法上の取消原因の要否について。

被告は本件支出は贈与であるところ、本件贈与には私法上の取消原因となる様な実体上の瑕疵がないから、本訴請求は理由がないと主張するので判断する。本件退職記念品料の支給が相手方の受諾によつてその効力を生ずる(民法五四九条)私法上の契約であるとは直ちに決し得ず、かえつて、相手方が議員という公法上の地位にあつたことを根拠に支給されるものであつて、且つ前掲証拠により認め得る如く、その支給額算出の基準を報酬月額と在職期間とにおくこと、本件退職記念品料の支給ということがそもそも、地方自治法施行以前(戦前)の議員がいわば名誉であつたのに対し、同法施行後の議員は常勤的性格を帯びて来たことを契機として、議員の間にその退職に当つても何らかの報償的給付を望む気運が高まつて来たため、府議会各会派の幹事等で構成された府会運営委員会において多数議員の要望を入れて妥当、公平と考えた贈与規程の議決(昭和二三年三月一日)を見、これが支給せられることとなつたこと、成立に争のない乙第一号証の一、同第二号証の一、によつて認められる如くこれが支給に際しては一般退職所得に対すると同じ基準において徴税措置が講ぜられていること、などからその実質的性格は極めて一般職員の退職金に近似するものである点を考慮すると、むしろ相手方の受諾の意思表示を要しない一方的な公法上の単独行為であると解するのが相当である。証人梅本敬一、同藤井貞夫の証言中この認定に反する部分は採用し難く、また前記本件贈与規程(甲第一号証の一乃至三)がその表題に「贈与」という文言を用い、或はその規程中にも「贈呈する」(第一条)という文言を用いているが、これはその支給の社会的経済的外形が事実上贈与と類似していること、また相手方が議員という社会的地位を有する者でありその労をねぎらの趣旨であるところから贈呈という儀礼的字句を選んだものと解せられ、これらの字句のあることによつて右支給の法律的性格が私法上の贈与契約になるものではなく、また本件支給の動機が前認定の如く議員の要望に応えたものであつても、そのことによつてその支給が契約(双方行為)となるものとは到底解し得られないので、被告の本件退職記念品料の支給が私法上の贈与契約であることを前提とする主張は理由がない。

のみならず、原告が本訴において取消を訴求するところのものは、府と議員間の贈与契約(それがあるとした場合)ではなく、議員の退職記念品料の支給につき知事がした支出命令をもつてする支出行為そのものであり、かかる行為はこれによつて当該地方公共団体が不利益を受ける限り法二四三条の二第四項によりその取消を求めることを得べき公法上の行為と考えることができる。

二、本件支給行為が違法乃至権限を超える行為であるかどうかについて。

前段認定のとおり、知事が退職議員に対し予算(議会費のうち報償費乃至退職料費目)の範囲内において、退職記念品料を支給するか、否か、或は如何なる額を給付するかは知事の自由裁量に委ねられているから、知事がその裁量権の範囲内でなした退職記念品料の支給のための支出を違法とすることはできない。しかし右支出がその裁量権を著しく逸脱する場合はなお権限を超える行為となるのでその点につき判断する。

被告の本件退職記念品料の支給が本件贈与規程に定められた記念品料額を基準としてなされたこと、そして該記念品料額の算定に当つて原告主張の訴外梅本外五名を除くその余の議員についてはその任期四年を在職年数としたが、右訴外梅本等に対しては昭和二二年四月二九日以前に議席のあつた期間を、その在職年数に通算した結果、これを通算しない場合に比して訴外梅本敬一に対し金一、〇〇六、四〇〇円、同小西重太郎に対し金一〇〇六、四〇〇円、同実量作雄に対し金一、一三二、二〇〇円、同中井隆三に対し金八八〇、六〇〇円、同江村至身に対する金一、〇〇六、四〇〇円、同野出相三に対し金一二五、八〇〇円多額の退職記念品料が支出されたことについては当事者間に争がない。被告は本件贈与規程は内規的性質のものであるから、これによつて、被告の裁量権が制限されるものではなく、仮に被告が右規程の解釈を誤り前記訴外梅本外五名に対し原告主張のような多額の退職記念品料を支出することになつたとしても、それによつて本件支出が違法又は権限を超えることにはならない旨主張する。確かに本件贈与規程は前記認定のとおり府会運営委員会において議決されたものであつて、法律、条例に根拠をもつものではなく、被告の自由裁量に委ねらられている退職記念品料支給について、一応の基準を府会運営委員会において示したものにすぎないので、右規程により被告の右自由裁量権が制限されるものではないように見られないこともないが、しかし、前説示の如くその支給(支給自体、支給額)については社会観念上の妥当性や公平を著しく逸脱してはならないし、また昭和三一年法律第一四五号による法二〇四条の二の規定の設けられる以前においても地方財政法四条第一項に鑑みて、普通公共団体の議員に対する法律又は条例に基かない給付は、必要最少限度に止めなければならないという地方財政上また地方公共団体の存立目的上の制約がある、ところで前記認定のとおり本件贈与規程は府会議員の多数意見を反映して府会運営委員会において絶対とはいえないが一応妥当公平なものと考えて議決作成したものであり、本件の支給も、後記認定の支給においても被告においては従来右規程が退職記念品料の支給に当つてよるべき妥当公平な基準であることを認め、これに従つて退職記念品料を支給していたのであるから、これらと、右制約のことなど、併せ考察すると、被告が退職記念品料を支給するに当つては少くとも本件贈与規定に従うことが右制約にこたえる所以のものであると解するのが相当である。従つて被告において合理的理由なく同規程に定める額を著しく超え、又同規程を誤解して、著しく多額の退職記念品料を支出するときは、被告の裁量権を逸脱する違法な支出となるものと解せられるからこの観点に立つて本件支出を検討する。

成立に争のない甲第一号証の一ないし三によれば本件贈与規程は、はじめ昭和二三年三月一三日に議決されたが、そのときの内容は、(以下A規程という)

第一条 大阪府会議員退職したときは記念品若しくは記念品料を贈呈する。

前項の規定により贈呈する記念品若しくは記念品料は議員報酬月額に在職年数を乗じた額を基準として定める。

第二条 (略)

第三条 此の規程は議決の日より施行する。

第四条 第一条第二項の在職年数は前条の規程にかかわらず当初の就職の年に遡ることができる。

第五条 (略)

とあつたのを、昭和三五年五月二六日改正により(以下B規程という)

第一条 大阪府会議員退職したときは記念品若しくは記念品料を贈呈する。

前項の規程により贈呈する記念品若しくは記念品料は議員報酬月額の二ケ月分にその全在職年数を乗じた額を基準として定める。

第二条 (略)

第三条 在職期間に六ケ月以上の端数を生じた場合はこれを一年として計算する。

第四条 (略)

附則

第五条 この規定は昭和二十五年四月一日以降の退職者につきこれを適用する。

第一条の規程によつて記念品若しくは記念品料に相当する金額の支給を受けた期間はその者の在職期間から控除する。と改正され、更に昭和三〇年四月一七日に(以下C規程という)

一、従来の規程第一条第二項中の議員報酬月額の二ケ月分とある定を三・七ケ月分と改正する。

一、附則

右改正規定は、昭和三〇年四月一日以降の退職者につきこれを適用する。

と一部改正をされたものであることが認められ右認定に反する証拠はない。

そして<証拠―省略>を総合すると、被告は昭和二六年四月に就職し同三〇年四月任期満了により退職した議員に対し、退職記念品料として右昭和二五年五月二六日改正の贈与規程(B規程)の「全在職年数(但し地方自治法施行の前後を問わず、また途中中断のある場合はその中断期間を除き全実在職期間を通算した年数)」に右昭和三〇年四月一七日改正の贈与規程(C規程)の「議員報酬月額の三・七ケ月分」を乗じた金額を支給できるものとの前提の下に昭和三〇年四月三〇日に右のうち二ケ月分を翌三一年八月八日に残りの一・七ケ月を各支出したことが認められる、原告は右「全在職年数」は退職議員の当該任期(四年間)を指すものと解釈すべきであり、少くとも右規程の制定趣旨から見て地方自治法施行以前の在職年数を加算して退職記念品料を支出することは被告の裁量権の乱用である旨主張するのである。先ず前掲各証拠により本件贈与規定の制定経過をみると、B規程第一条二項の「全在職年数」の文言はA規程第四条の「第一条第一項の在職年数は前条の規程(第三条此の規程は議決の日より施行する。)にかかわらず当初の就職の年に遡ることができる。」を受けこれを整理した文言と認められるので、右のA規程第四条が被告主張のように退職議員の在職年数を戦前戦後、地方自治法施行前と施行後たるとをとわず、当該議員が初めて府会議員に就職した年に遡つて通算することができる旨を規定したものであるかどうかが問題となる。右の「当初の就職の年」という文言それ自体は(1)地方自治法施行前施行後たるとを問わず当該議員が初めて議員に就職した年を指すのか、(2)地方自治法の適用を受ける議員に初めて就職した年を指すのか、(3)当該任期(四年)に就職した年を指すのか明らかでない。(もつとも成立に争のない甲第四号証に証人久光喜多男の証言を総合すると規定が制定された昭和二三年三月一三日現在府会議員の職にあつた者は、昭和二二年四月三〇日就職し、地方自治法附則第三条の適用を受ける議員であつたことが認められるから右(2)の解釈を授採つても、(3)の解釈に立つても、「当初の就職の年」は昭和二二年四月三〇日になる。)そして退職記念品料が退職議員の在職中の労をねぎらう趣旨で支給されると考えるならば、たとえ贈与規定が任期の中途で制定されたとしても、その規定が任期に対応して記念品料を支給することとしている場合、その任期は当然にその議員が退職によつて失う議席に就任したときからの期間を考えていると考えられないこともないから、さらに「当初の就職の年」ととくに規定したのは(2)或は(3)の趣旨を規定したものではなく(1)の趣旨を規定したものと解せられないこともない。しかしながら前記認定のとおり本件贈与規程は府県制下の議員がいわば名誉職であつたのに対し地方自治法施行後の議員は常勤的性格を有しているところから、その退職に当つても常勤職員の退職金に類似した報償的給付をすることを目的として規定されたこと、本件口頭弁論に現われた一切の証拠によつても、地方自治法制定後前記の趣旨で新たに規定された本件贈与規程を旧府県制下の議員に適用し、その在職年数に対応して記念品料を支給する合理的根拠は認められないこと、A規程が議決された昭和二三年三月一三日当時の府会議員は昭和二二年四月三〇日就職(地方自治法の施行は日本国憲法施行の日即ち昭和二二年五月三〇日であるが地方自治法附則第三条の適用を受け同日就職とみなされる)した議員であること等を総合すると右の「当初の就職の年」は右(2)の趣旨を規定したものと解するを相当とする。A規程第四条は同第三条が「此の規程は議決の日より施行する」と規定してあるところから、同条第二項の「在職年数」が規程の議決された昭和二三年三月一三日から退職の時(昭和二六年四月)までと解釈されるのをおそれ特に「第一条第二項の在職年数は前条(第三条)の規程にかかわらず当初の就職の年(昭和二二年四月三〇日)に遡ることができる」旨を規定したものと解釈することができる。そしてB規程第一条二項の「全在職年数」はA規程において当初の就職の年とは地方自治法の適用を受ける議員に、就職した年を指すのでA規程の第四条を受けこれを前提として整理した文言と解せられるから、その趣旨は、退職記念品料等の支給の対象となる在職年数は、地方自治法の適用を受ける議員に初めて就職した年から退職の年までであることを明確にしたものと解するのが相当である。被告は被告主張のような解釈をとらなければ規程第五条第二項(B規程第五条(附則)第二項)「第一条の規定によつて記念品若しくは記念品料に相当する金額の支給を受けた期間はその者の在職期間から控除する。」との規程は全く無意味になる旨主張するが、「全在職期間」を前記のように解釈したとしても、右B規程第五条第二項は、将来再選された議員が既に退職記念品料等の支給を受けている場合は、その支給の対象となつた在職期間を全在職期間から控除する旨を規定したものと認められるから被告主張のように無意味な規定ということはできない。

更に成立に争のない甲第二号証、証人久光喜多男の証言により成立の認められる乙第五号証と証人居川喜太郎、同梅本敬一、同久光喜多男、同佐々木喜久治の証言並びに原告三谷秀治本人尋問の結果とによると、本件支出後議会内において右の点の当否が問題とされ、結局昭和三一年九月一八日開催の府議会の各派代表者会議においては「算定の基礎となる在職期間に地方自治法施行以前の在職期間を遡及加算すべきでない」との結論を得て、該当者に対し既支給分中の過払分の返納を促す決議をし、府会副議長名義で返納を督促したこと、右各派代表者会議は府会運営委員会がいわば法的な府議会の規則による機関であるに対し任意機関ではあるけれどもその構成においてはほとんど変りなく同会議の決議は一応府議会議員の多数の意思を反映しているものと認められ、他にこれに反する証拠はない。そうすると、前記と同様の解釈が事後においてではあるが、本件贈与規程の制定者である議会内部においてもとられていたことが認められ、前記解釈は制定者の意思にも合致するものというべきである。被告はこの点右各派代表者会議の決議は最終決定ではないと抗弁し、前掲証拠を綜合すると、成程その後、右決議の趣旨は必ずしも履行されず、本件問題処理のため設けられた処理委員会或は運営委員会において、結局本人がその支給分を受領することは認めるが、これを民生部の指定する社会福祉事業等に寄付する様に勧める様な方向において問題を解決するとの申し合せとなり、訴外梅本敬一のみはこの趣旨に沿つて公共団体に寄付したけれども、他の者はこれをしないままになつていることが認められるが、前掲証拠を綜合すると右決議の趣旨が履行されなかつたのは、結局一旦支給されたものを返納するということ自体における手続上の疑問点と、返納するかしないかは受給者の自由であり強制力のないことによつて決議の趣旨どおりに履行せしめることが困難であることが問題とされたためであり、前記「算定の基礎となる在職期間に地方自治法施行以前の在職期間を遡及加算すべきでない」との結論そのものに異動を来したものとは認められないので、右決議の趣旨が施行されなかつた事実は、前記認定の制定者の意思を推認する妨げとはならない。

もつとも証人久光喜多男の証言とこれによつて成立の認められる乙第四号証とを総合すると、被告は昭和二六年四月に退職した議員に対し退職記念品料を支給した際旧規程第一条第二項の「全在職年数」を地方自治法施行の前後を問わず当該議員が初めて就職した年から退職までの期間と解釈し、戦前に議席を有した議員に対しては戦前に遡つて在職年数を通算し退職記念品料を支給したことが認められるが、原告三谷秀治本人尋問の結果によると、右旧規程の制定に参加した議員が前記処理委員会、あるいは運営委員会において「戦前に遡及して退職記念品料が支給されたのは初めて昭和二六年に退職記念品料が支給されたので、その際在任したものについては一応便宜的に全部遡つて支給し精算する趣旨であつたが、爾後においては戦前に遡及して支給することは絶対にしないとの申合があつた。」旨を報告していることが認められるので、右昭和二六年四月の前例は本件贈与規程の解釈を誤つているだけでなく、右のような特殊の事情のもとに行なわれた支給であると認められるので、右前例を踏襲して本件贈与規程を解釈したことをもつて被告の前記解釈を正当化することはできない。

三、結論

以上のとおり被告の訴外梅本他五名に対する本件支出のうち昭和二二年四月二九日以前に議席のあつた期間を通算したことによつて、これを通算しない場合に比し多額の支出となつた部分の支出は、本件贈与規程の解釈を誤り、その結果合理的理由なくして右規程に定める額を著しく超え、かつ他の退職議員に比較して著しく多額の退職記念品料を支出したこととなるから、右支出部分は被告の裁量権を逸脱する違法な支出といわなければならない。よつて本件支出のうちその部分の取消を求める原告らの本訴請求は理由がある。

ところで、原告の請求の趣旨並びに原因の記載によると、被告の本件支出は昭和三〇年五月付で一度行なわれたものの如く主張され、被告もこれを目白しているが、本件支出は前認定のとおり昭和三〇年四月三〇日に在職年数に報酬月額の二ケ月分昭和三一年八月八日に在職年数に一・七ケ月分を各乗じた額をそれぞれ支出した二個の支出処分であるところ、弁論の全趣旨に徴し原告の主張する支出処分は明らかに右二個の支出を指すものと解され、被告もその二度の支出を合算して結局原告主張の金額が支出されたことを争わない趣旨においてこれを自白したものと看做し得べく、そして原告の請求は明らかに右二個の支出のそれぞれにつき訴外梅本ら六名に対する昭和二二年四月二九日以前の議席を在職年数に加算したことによつて超過支出された部分の取消を求める趣旨と解し得られるので、成立に争のない乙第一号証の一乃至六及び同第二号証の一乃至四により算出して得られる被告の右二個の支出中、それぞれ昭和二二年四月二九日以前の議席を在職年数に加算することによつて生ずる部分に対応する別表超過支出額欄記載の部分を取消すこととし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(石崎甚八 潮久郎 元吉麗子)

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